2011年2月アーカイブ|院長&スタッフブログ|医療法人すずらん まえやま内科胃腸科クリニック

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2011年2月アーカイブ

 チーム鈴ランは、前山クリニックの前山先生が第39回天龍梅花駅伝に結成したチームで、今年で5年目を迎えました。私は結成以来、代表者の前山先生や小出監督の下でメンバーとしてレースに参加させていただいています。
 今回、私の走るレース区間は3区(4.5km)山登り、山下りです。過去何度も走った良く熟知しているコースでしたので気持ち的には心の余裕が有ったと思います。
 号砲と共に137チームの一斉スタートでレースが始まりました。第1区はチーム鈴ランが誇るスーパーマン伊藤君です。1区(7.5km)は強豪がひしめく激戦にもかかわらず、堂々の区間50位(28分05秒)とすばらしいタイムで走り、チームにいい流れを作ってくれました。第2区(5.3km)はチーム鈴ランの小出監督の御曹司、剛君です。さすが監督の御曹司、区間55位(20分58秒)流れを引き継ぐ見事な快走。2011梅花麦ちゃん.JPGしかしアクシデントは中継点にて起こりました。中継点で待っている私にチームナンバーの31番がコールされず、剛君が中継点に着いた瞬間に31番との大きな声に動揺しました。慌てて剛君のところまで行きタスキをもらいました(右写真)。今まで数々のレースに参加しましたが、こんな事は初めてでした。緊張と申し訳ないとの思いが交錯しながらのスタート、明らかなオーバーペース、これが駅伝の怖さなのか時計を押す事も忘れていました。山を何とか登りきり下りに入ったが呼吸が楽になりません。何か変、いつもと違う焦りが不安に変わり、下りが終わった平らのコースがきつい登りのように感じ足が思うように動かず、中継点を過ぎ、トンネルを越えた残り1.5kmも気持ちは前に行こうとしますが、足が動きません。トンネル出口にいるはずの監督の顔さえ認識出来ないほど呼吸が苦しく、残り1kmの標識が普段感じたことのない長さに思えました。残り500mと沿道からの声、目まいとともに膝が崩れ落ち転倒。沿道からの「大丈夫ですか」の声。意識は有るが体は動かず小野君にタスキをつながなければと何とか立ち上がり、「残り200m」の声で再度転倒。しかし小野君が待っているともう一度立ち上がり、ようやく小野君にタスキを渡す事が出来ました。ゴール後、救急隊の方々やスタッフの方々、6区を走るチームメイトの羽場さんのおかげで大事に至らず呼吸と脈拍が落ち着きはじめた頃、前山クリニック大応援団の方々が心配して駆けつけてくださいました。40~50分位たってようやく動けるようになったと同時に、レースが気になり始めました。4区の小野君の走りは心配していませんでしたが、私のロスタイムがどれ程なのか分からず、5区の前山先生にタスキがつながったのか不安でしたが、チームメイトの羽場さんが「大丈夫よ」と気づかってくれました。しかし恐れていた繰り上げスタートのコール、準備が慌しく始まり選手に繰り上げスタートのタスキが渡され始めましたが、羽場さんにはタスキは渡されませんでした。羽場さんが5区まではつながったよと微笑んでくれました。心の中に春の暖かい風が吹き込む思いがしました。前山先生につながれば必ずタスキはつながる、何故なら先生はアイアンマンの称号を持っている、必ず帰って来る、そう信じて待っていました。そして31番コールがありました。先生の姿が見えた瞬間2011梅花全体.jpg、涙がこぼれました。駅伝を支えるスタッフの方々から、がんばって良かったねと言われ、不甲斐無いレースをした自分が救われた思いでした。
 後で羽場さんから聞きましたが、倒れたとき「飲んでください」と名前も告げず中学生が自分のスポーツドリンクを私の為に、分けていただいた事を聞き心打たれました。
そして、今回のレースを通じて多くの方々にご迷惑をお掛けしましたことをお詫び致すと共に、多くの方々から温かいお言葉や励ましをいただき心よりお礼申し上げます。 最後になりましたが5人の最高のメンバーに助けられ、小出監督や前山クリニック大応援団の応援のおかげでタスキがつながった事を感謝致します。出来る事でしたら来年リベンジの機会をいただき、今年1年精進し次回納得のいく走りを見せることが恩返しと思っております。宜しくお願い致します。
 今回は本当にありがとうございました。

3区走者

麦島則和

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