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2011年9月アーカイブ

 9月4日朝は余裕を持って3時起床。スタート地点に5時に入って、トランジットで準備を行いました。そこで、スイムは3千8百mから2千mに短縮され、スタート時間も6時から6時20分に変更になったことを知りました。「行列のできる法律事務所(以下、行列)」の東野幸治と安田美沙子が見えたので、「撮影はご遠慮下さい」の声を無視して、新聞のためにワンショットしました(右)。安田美沙子.jpg
 体育館で、ボディペンティングを受け、その場で長いトイレの行列に並びました。30分待って、気持ちのいい排便がありホッ。海岸に向かって、ウオームアップ。クラゲさんにチクチク刺激を受けて、気合が入りました。距離が短縮したこともあり、スタート前は余裕でしたが、スタートしてからかつてない長~いバトル状態に悪戦苦闘。前回、コース取りに失敗した反省から、ブイに近いコース取りをしたところ、7百mの折り返し地点まで、自分の回りは餌に群がる鯉状態。回りには体格のいい鯉がひしめいて、怪我をした右足は何度も引っ張られ、スイムゴーグルは2回外されました。それでもめげることなく、2千mを約45分で泳ぎ切りました。。
 スイムを上がったら、24時間テレビで走ったアナウンサーの徳光さんと西尾さんから「頑張れ!」の応援が・・・元気をもらえるはずが、右足のダメージが思いの他強く、少しショックを受けながらバイクの準備へ。この時はランは無理だなあという思いで、ゆっくりと剥がれかかった右足のテーピングを交換して、バイクウエアに着替えました。近くにいた競技者がコンタクトがずれたから鏡が欲しいとの声が上がって、私の用意していた鏡を貸してあげました。大変喜んでもらって、少し元気になりました。小出さんの応援を受けながら、190kmに及ぶ長丁場のバイクへとスタートしました。佐渡を1周するバイクコースは登り坂も多いタフなコースです。最初はバイクの得意な選手にどんどん抜かれていく状態になりましたが、焦らず自分のペースを維持しました。今回は携帯電話を所持したので、北佐渡の美しい風景を撮影しながらバイクを走らせました。
 前半の難所、佐渡の北東突端の鷲崎岬(下写真は岬への登り口)の登りの途中で、TVカメラのバイクが上がってきました。これは行列のタレントが上がってくると思って、少し待っているとノッチが上がってきました。鷲崎手前.jpgのサムネール画像のサムネール画像これはチャンスと思い、しばらく近くを伴走しました。もしかするとTVに映るかもしれません。ちなみに私のゼッケンは1596番、青のヘルメット、白の上着、黒のパンツです。行列をお楽しみに。
 鷲崎エイドステーションでは、本村弁護士がチアガールに女装して、「ノッチ、遅すぎるよ。もっと頑張れよ~」って派手なリアクションをしていました。これを聞いて菊池弁護士と東野は前を走っているなと思い、少しペースを上げました。フルトライアスロン初挑戦の二人に負けるわけにはいかないという思いからです。佐渡の真東にある両津港の住吉エイドステーション(105km地点)で、予定通り小出さんに電話連絡。「足は全く大丈夫です。お尻が痛いだけです。」と話したところ、小出さんも電話の向こうでほっとした様子でした。ここでボランティアの方に行列の動向を聞いたところ、40分程前に二人は通過したとのことでした。
 後半は体の切れが良くなり、どんどんと前を行くレーサーを抜いていけるペースが保てました。この調子ならランだって行けるのではという気持ちでしたが、その思いを押し殺して、2年前のバイクタイム8時間弱とバイク後にフルマラソンへ向かう余力を残すことを目標にバイクを進めました。160km地点で、バテ気味の東野を抜き去り(左写真の右が東野)、175km地点で小出さんの応援を受けて、190kmを走り切り、競技を終えました。右足には全く違和感がなく、フルマラソンにも行けそうだという感覚はありましたが、潔く棄権をしてレースを終えました。レース後に交わした小出さんとの握手からは、よくぞ棄権したという思いが伝わってきました。私の10年に渡る競技人生2011佐渡フィニッシュ.jpgの中で、今回の佐渡トライアスロンは色々な教訓の得られた実り多き最高のレースでした。応援ありがとうございました。
 前回の新聞で私の怪我を知り、「先生、今回は今までとは事情が違います。無理なさらないで下さい。」のお手紙と、私の朝の飲み物、豆乳と野菜ジュースをたくさん差し入れしてくださったMさんには、この場をお借りして御礼申し上げます。感謝感激でした。
 さて、行列の方ですが、完走できたのはトライアスロン歴の長い菊池弁護士だけだったようです。トライアスロン歴の浅い選手に、最初からフルトライアスロン完走ができる程甘いものではないということでしょう。ちなみに、今大会でチームで参加していたスイム担当の50歳台の男性がで亡くなり、こちらの方が地元の報道では注目されていました。重大な事故を起こして皆さんを悲しませることのないように細心の注意を払って、私の生きる糧になっているトライアスロンをこれからも続けていこうと思っております。
 去る9月4日佐渡フルトライアスロンに参加して参りましたので、ご報告いたします。台風12号の影響で、スイムが3千8百mから2千mに短縮されましたが、バイク190km、ラン42・2kmは通常通り行われました。スイムとバイクを約9時間20分で終え、ランは棄権しました。私の10年に及ぶ競技生活において初めての棄権でした。悩みに悩んだ末での選択でしたが、色々な意味において勉強になった3週間でした。
実は剥離骨折だった!2011佐渡スイム.jpg
 前月号でもお知らせいたしましたように、大会3週間前の8月15日、諏訪湖湖周を走っている際に右足を受傷いたしました。走りながら聴いていた音楽(ウォークマン)のチャンネルを変えようとちょっと目をそらした時に、段差で足を踏み外し捻挫してしまいました。象の足のようになった右足を1週間はひたすら冷却したり、炎症やむくみを改善するために、強めのステロイドを注射したりしました。1週間経過してかなり腫れも引けましたが、8月22日より昔からお世話になっている田中整骨院で治療を開始しました。電気治療とテーピング、サポーターによる患部の保護を1週間受け、腫れはほとんど引けました。8月29日受診した際に、第5中足骨の基部に小さな突出が出てきており、ひびが入っている可能性を田中先生より指摘されました。受傷した際には自分で透視下のレントゲンで骨折はないことを確認したつもりでしたが、クリニック看護師にレントゲン写真を改めて撮影してもらいました。写真でよく見た所、右第5中足骨の基部にわずかながら剥離骨折が確認できました。受傷した際はお盆休みだったため整形外科を受診しませんでしたが、これがある意味では大会に参加できるようになった不幸中の幸いだったかもしれません。ギブスをされると足の関節のリハビリが遅れて、3週間後の大会にはとても間に合わなかったと思います。骨折が確認されてからは、腸管からのカルシウムの吸収を促す活性型ビタミンD製剤や骨量を増やす薬を服用し、血中のカルシウムを骨に誘導するホルモン注射も行いました。一般的には骨粗鬆症の患者さんに行う治療で、実際に骨粗鬆症のない私には医療保険上はできない治療です。医師としての立場を利用したワラにもすがる思いでの治療でした。患部の血流をよくするために千年灸も行い、ピップエレキバンも貼りました。そして、毎回サポーターをお願いしている小出俊美さんと二人で9月3日佐渡へと向かいました。
台風12号を追い払った佐渡人と佐渡トライアスリートの想い
佐渡北海岸.jpg 紀伊半島、四国中国地方に甚大な被害を残した台風12号は大会当日佐渡に一番接近いたしました。それでもわずかに進路が西寄りになったため、奇跡的に大会が開催されました。少なくともスイム中止はやむなしの状況でしたが、9月4日朝の波の高さは50cmでタイプAのスイムの距離が短縮されたものの、大会は開催されました。風力は6~7mで所により風力15mの突風が予想されたため、バイク走行への注意が喚起されました。今回の大会には芸能界を引退した島田伸介司会の「行列のできる法律事務所」から東野幸治、安田美沙子、ノッチ、菊池弁護士の4人が参加することもあって、佐渡人としては大会が開催できたことは大きな喜びだったと思います。
競技に対する私の葛藤
 1週間前に駒ヶ根市民プールで3千m泳いだこと、大会5日前にジムでエアロバイクでの運動に右足は問題なかったこともあり、スイムとバイクは何とかなるという気持ちでした。ただしランは自分の体重以上の負荷が右足に掛かるため、剥離骨折後3週間の足では耐えられないだろうと思っていました。当然のことながら、小出さんからはいつでも勇気をもって競技を中止することを進言されていました。それでも1年を掛けてこの大会のために準備してきたこともあり、バイク後の足の状態ではランにトライしてもいいのではないかという思いが競技中にもありました。バイク中、受傷2011佐渡バイク.jpgした右足には何ら違和感がなく、かえって左足の内くるぶしに痛みを感じていました。おそらく右足をかばった3週間に及んだ負荷が左足にあったのだと思います。右足に問題がなければランも大丈夫だ、それでもフルマラソンだから甘くはないか・・・私は葛藤しました。そして、バイク175km地点で応援に来てくれていた小出さんに、バイクゴール後にフィニッシュの記念撮影をしましょうと告げ、ランは棄権する意志表示をしました。
今回のトライアスロン挑戦で学んだこと
 まず、何をするにしても、「ながら」はいけないということです。一つに集中して事にあたらないと失敗することを学びました。練習であっても、音楽を聴きながらバイクをこいだり、走ったりすることは大きな事故を招く可能性があるということです。運転中の携帯電話が事故の原因になるのと同じことです。自然の音、異常な音に耳を傾けながらエクササイズすることの大切さを知りました。
 受傷した際には、相当落ち込みました。回りのスタッフも気の毒がって、気を使ってくれたことには大変感謝しています。剥離骨折など病気としては小さいものですが、この受傷を通して、病気をわずらう患者さんの弱い気持ちがよく分かるようになりました。色々な状況があって心を病んでいる患者さんもたくさんいらっしゃいます。そういう患者さんの気持ちが胸に感じられるようになった気がしています。
 今回の大会では参加する前から決めていたことがあります。沿道の応援してくれている人達に対して、顔を見て笑顔で声援に応えることです。今までも応援してくれる人に対して、手を上げたり「ありがとう」は言っていましたが、競技に集中したり、疲労があると余裕が持てずに、誠心誠意声援に応える気持ちが少なかったと思います。今回はどんなに苦しくてもきちんと声援に応えることに徹しました。そして気付いたことは、相手の顔を見て応えることで声援は大きくなり、そのパワーをもらえるということでした。バイクを終了した時に、リタイアはしましたが、フルマラソンに挑める体の軽さを感じられたのはそのせいだったと思います。このことは、競技に関わらず、人間が生きていく上で大変大切なことだと感じました。相手にきちんと向き合うことでそこに共感が生まれることを改めて知るいい機会になりました。
 私は高校を卒業してから浪人時代を3年間送っています。両親には大変な心労を掛けましたが、この挫折は私が医師となってからの大きな力となっています。あの時の苦しい思いがあるから、どんな状況でも負けないぞという力の源になっています。今回の受傷、トライアスロン棄権は、久しぶりに私が受けた挫折です。ですが、多くのことを学べた意味のある出来事でした。 小出さんには1年後、もう一度フルトライアスロンに挑戦させて欲しいとお願いし、快諾をいただきました。また、私の挑戦が始まります。これからも、皆さんの応援をお願いいたします。
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