2012年7月アーカイブ|院長&スタッフブログ|医療法人すずらん まえやま内科胃腸科クリニック

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2012年7月アーカイブ

 まず、今年三月の友里子からのカード.jpg五十歳の私の誕生日に次女友里子からもらったカードを左に紹介いたします。このカードが、私が百年生きようと思ったきっかけになりました。さて、前回に続いて、南雲氏の『五十歳を超えても三十代に見える生き方』を参考に、人生百年計画~中編~をお送りします。今回は南雲氏がお勧めする食事術を紹介していきます。
「完全栄養」を摂る
 栄養をつけるというと、ステーキや鰻などのご馳走を食べるイメージがあります。しかし、今は飽食の時代。栄養価の高いものばかり摂取していては、肥満にもなりますし、病気になりやすくなってしまいます。大事なのは質でも量でもなく「バランス」です。私たちの体に必要な栄養素が過不足なく含まれている「完全栄養」を摂ることを心がけることが大切なのです。難しそうですが、南雲氏は『人間の体と同じ組成の生き物を丸ごと食べる』、ただこの一点を心がければ、その条件が満たされると言っています。地球上の動植物は、さかのぼればご先祖様は同じ。つまり体の組成は同様で、どんな動植物もほぼ同じ栄養素を含んでいて、その比率も基本的には一緒なのです。「丸ごと食べる」を意識さえすれば、認識できない微量栄養素も含めすべて摂取できてしまうのです。
丸ごと食べられる食材とは何か?
 マグロ.jpg肉類は一般的に栄養豊富といわれていますが、あまりお勧めできない食材であるとわかります。なぜなら、牛や豚を丸ごとは食べられないからです。肉が優れた栄養源であるといっても、体の一部をカットして食べているわけですから、偏った栄養しか得られません。これと同様にマグロも丸ごと一匹は食べられませんから、お寿司屋さんでマグロのトロや赤みばかり食べていれば、「不完全栄養」に陥ると南雲氏は述べています。さらに、マグロのような大型魚は、世界的な海洋汚染により、水銀などの有害物質が濃縮されているため、あまりお勧めできません。実際、「妊婦はマグロを週1回以上摂取しないように」と厚生労働省からも勧告されています。
 いわし.jpgその点、イワシ、アジ、サンマといった小型の青魚は水銀の害も少なく、理想的です。小魚の場合は、頭から内臓、骨までいただく、こうした食べ方をすれば完全栄養になるわけです。
野菜や果物は皮ごと食べる
 野菜は根と葉の部分に大きく分けることができますが、根にはデンプンや糖がたくさん蓄えられ、葉っぱにはビタミンやミネラルがたっぷり含まれています。それぞれの部位に違った栄養素を含んでいる以上、丸ごといただかないと完全栄養になりません。南雲氏が特に強調するのは、皮に含まれている栄養素の効能です。野菜や果物の皮は、人間の皮膚と同様、外界からの異物を遮断するバリアであるため、防菌・防虫効果、創傷治癒効果、抗酸化作用、感染予防効果などの栄養素が含まれているのです。こんなに大事な皮をむいて食べるのはあまりにもったいない。野菜や果物は皮ごとすべて食べることで完全栄養になります。
野菜と果物の違い
 南雲氏のこのユニークな解釈には、思わずなるほどと感心しましたので、紹介いたします。野菜は「食べられ柿.jpgたくない」、果物は「食べられたい」―実はこれが野菜と果物の決定的な違いと述べています。果物はだんだん熟すると赤くなって、いい香りがして、糖度も増します。果物は「私を見つけて食べて」と自己主張します。実際に、サルがやってきて果物を食べます。咀嚼されるのは甘い実の部分だけで、種はそのまま糞と一緒に排泄されます。サルは移動して新しい土猿.jpg地に種を運び、果物の繁殖地が拡がっていくのです。
 一方、「食べられたくない」野菜は毒を持っています。葉物の野菜は保護色をしていて「アク」があります。実はこれはシュウ酸で、特有のえぐみや苦みをもっていて、食べられないように身を守っているのです。昔から日本人が青野菜をおひたしにして食べたのは、このシュウ酸を抜くための知恵だったのです。
穀物は全粒で
 徳川将軍家の後継ぎが乳幼児で亡くなるケースが多かったのは、白米を常食していたため、ビタミンB1不足による脚気にかかったためといわれています。江戸の町民の間では、生活の知恵として精米した時に出るぬかをぬか漬けとして摂取して、脚気の予防をしたようです。お米は玄米の方がいいわけですが、どうしても白米がやめられない人は、ぬか漬けを一緒に摂取するといいようです。ごはんの代わりにパンを食べる時も、精製した白いパンではなく、全粒粉で作った茶色いパンを選ぶようにしましょう。
★今回のポイント 
1、魚は骨ごと、腹ごと、頭ごと
2、野菜は葉ごと、皮ごと、根っこごと3、穀物は全粒で 
『丸ごと全部食べる!』です。

「越石清行さんと私」

 今回の音楽会では、十五年程前、長野赤十字病院時代に私が主治医をさせていただいた越石清行さん(千曲市在住、現在八十八H21.6音楽会全体.jpg歳)を紹介させていただきましたが、ここでも改めてお話いたします。越石さんの胃に進行した悪性リンパ腫を見つけた私は、外科に紹介し手術をしてもらいました。腫瘍は胃外にも浸潤し、癒着が強く一部しか切除できませんでした。外科医より余命数ヶ月と宣告された越石さんは私の元に戻ってきました。内心では厳しいと感じながら、「一緒にがんばりましょう!」と越石さんを励まし、抗癌剤を使った化学療法を行いました。これが奇跡的に著効し、腫瘍が劇的に縮小、再手術により腫瘍を全部取り切ることができたのです。
 太平洋戦争のさなか、十九歳の越石さんは早稲田大学の合格をけって、志願兵としてグアムに赴きました。四十八人の工作部隊に配属されましたが、戦況は悪化し、グアム島に上陸した米軍に追い詰められていきます。一発撃てば千発の弾丸がかえってくる圧倒的な火力の違いの中で、仲間は次々と戦死。強運の持ち主の越石さんは、被弾しながらも命を落とすことなく終戦を迎えました。捕虜となり収容所に入った越石さんは、全身タムシだらけになっていましたが、米兵に全身を洗ってもらって治療を受け、この時アメリカという国の懐の深さに感心したといいます。収容所で自分以外の四十七人を見つけることが出来ず、四十八人中一人の生き残りであることを知ったそうです。越石さんの兄もグアムで戦死しており、最近になってグアムのどこで亡くなったかがようやく分かったといいます。
 日本に帰って、越石さんは工場を立ち上げ、がむしゃらに働きました。それなりの成功をおさめ、七十歳前半で胃の不具合を訴え、長野赤十字病院を受診し、私に出会うことになったのです。胃の悪性リンパ腫を克服した後も、狭心症のため心臓のバイパス手術を受け、数年前からは喉頭癌を患い、放射線療法を受けました。私は長野赤十字病院を退職後は昭和伊南総合病院へ二年勤務した後、クリニックを開業いたしました。私の近況は年賀状やすずらん新聞で越石さんにはお伝えしていました。
 三ヶ月ほど前に越石さんから開業のお祝いにいただいた掛け時計が止まってしまいました。佐久長聖中学三年生の次女友里子の部屋で使わせてもらっていましたが、縁起でもないと思い、工場にまで送ってもらい直してもらいました。そんな折り、越石さんからクリニックに電話があり、スタッフに対して「私は元気でやっとると院長に伝えてくれ」という伝言がありました。胸騒ぎを感じた私は、越石さんのお宅に電話したところ、喉頭癌の放射線治療後の経過は良好とのことで私は一安心しました。この電話の際に越石さんから「先生に会いてえや」の言葉があったため、スタッフに千曲市まで迎えに行ってもらい、今回の音楽会にご参加していただく予定でした。八十八歳という高齢でもあり、越石さんの体調も今一つすぐれなかったため、残念ながら今回はご参加いただけませんでした。
 友里子・パパ.jpg音楽会では、越石さんの掛け時計のお世話になった次女友里子に、ヴァイオリン演奏をしてもらいました。平澤まゆみさんのピアノ伴奏で二曲、「アメージング・グレース」と私の歌も一緒に「大きな古時計」を演奏いたしました。この演奏の前に、半年前に越石さんからいただいたお手紙を披露いたしましたが、ここでも一部を紹介いたします。「先生には後という文字は無い 素晴らしい。前に進む、だから私も先生に生きさせてもらった。」医者冥利に尽きる有難いお言葉でした。この手紙で、越石さんが金毘羅神社に灯篭を献上、区の神社に狛犬一対を献上、市のお年寄り事業に五百万円を寄付するなど、様々な社会貢献を行ってきたことを知りました。
 越石さんに音楽会の様子を見せてあげたいと思い、音楽会の翌日、録画したDVDを持って、千曲市の越石さんのご自宅に行ってきました。近所のおばあさ越石さんと.jpgんお二人も呼んで、DVD観賞をいたしました。友里子のヴァイオリン、こもれびカルテットの演奏をお見せして、大変感激していただきました。越石さんからは、長野赤十字病院での思い出、グアムでの生々しい戦争体験、若い人が結婚しないことへの心配などの話がありました。私に対して「先生を頼りにしているたくさんの患者さんがいるんだから、トライアスロンは止めてくれ。合唱はいいよ。」とのお言葉もいただき、真摯に受け止めさせていただきました。「戦争はダメだ、二度とやっちゃあいけねえ」と何度もおっしゃっていたのが印象的でした。別れ際には越石さんの歴史がわかる部屋に招かれ、多くの感謝状を見せていただきました。その中には天皇陛下からの紺綬褒章もありました。グアム戦友会の写真の下には、グアム島が描かれた旗が掲げられていましたが、杖で指しながら「これがいけねえ」と話されたのが印象的でした。
 来年の夏、静岡児童合唱団の駒ヶ根公演があることを話したところ、一緒に暮らされている長女のショウ子さん(字がわからず失礼いたします)が、「私が連れていくから、元気でいて」と話してくれました。脚がおとろえないように毎日階段の昇り降り二十回を日課にされており、頭もしっかりされている越石さん、これからも元気に長生きしてくれることを心よりお祈りしております。
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