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2014年1月アーカイブ

 私たちの周りにあるテレビ、ビデオ、テレビゲーム、インターネット、携帯電話などのメディア媒体は、現代人にとって今や必須アイテムになっています。先日、飯田線に久しぶりに乗って感じたのは、車内風景の様変わりです。私が高校へ電車通学していた頃は、友達と会話するか、試験直前なら学習書にかじりついていたものです。今や、携帯電話(ほとんスマホ.jpgどスマホでしょうか)でメールやラインをしたり、ゲームに興じている高校生の多くを目にします。電車車内に限らず家庭においても、メディア媒体があふれていて、高校生に限らず、小中学生も大人も、幼児でさえもテレビ、テレビゲームなどと接する機会が多くなっています。一日の時間には限りがあるわけですから、当然、家族間の会話も少なくなるのは当たり前なのでしょう。
 最近、『脳内汚染』という本に巡り合いました。少年刑務所に勤務する精神科医岡田尊司が書いた本です。タイトルから想像できるように、現代において、いかにメディア媒体が私たちの心をむしばんでいるかという内容です。私としては大変ショックと感銘を受けた本でした。メディア媒体すべてを否定するわけではなく、メディアが発する情報内容や接する時間が過度になると、脳が脅かされるというお話です。私なりに咀嚼して、皆さんにご紹介いたします。
犯罪の若年化、凶悪化が全世界的に起こっている
 この本では、日本や海外における子供による犯罪がいくつも紹介されています。1997年神戸で起きた14歳の少年による連続殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)では、小学生2名が死亡、3名が重軽傷を負いました。皆さんの記憶にも鮮明に残っているかと思います。アメリカなどからは、少年が銃を使って友達や教師を無差別に殺傷する事件も聞こえてきます。2005年大阪府寝屋川市では、17歳の少年が母校の小学校教諭3名を殺傷した事件がありました。この事件を契機にして、寝屋川市などでメディアの若者たちへの影響を詳しく調べた大規模なアンケート調査(寝屋川調査)が行われました。この本では、この寝屋川調査や海外での調査結果がいくつも示されています。調査結果のいくつかを紹介していきます。
テレビがもたらした犯罪や子供達への影響
 米国疫学コントロールセンターの疫学者センターウォール博士らが1992年に発表した論文での結論は、1960年代以降の犯罪の増加は、テレビの影響に帰せられるというもので、次のように述べています。「テレビの技術が発達しなければ、アメリカにおける殺人の件数は、一万件少なくなり、レイプの件数は七万件少なくなり、障害の件数は七十万件少なくなっていただろう。」と。米国のイーオンとヒューズマンが行った八歳から三十歳になるまでの二十二年間にも及ぶ八百七十五人の追跡調査では、次のような驚くべき結果が分かりました。三十歳の時点での攻撃性の強さは、今の時点でどれだけテレビを見ているかよりも、八歳の時点でどれだけテレビを見ていたかに大きく左右される。さらに、八歳の時点でテレビをよく見ていた子供は、その後自らが父親、母親になった時、テレビをあまり見ていなかった人に比べて、子供をより厳しく罰する傾向がみられた。これらの研究は、テレビの影響が、大人よりも小さい子供を直撃しやすく、しかも、その影響は二十年後にまで及び、犯罪行為や子供を育てる態度にまで影を落とすことを示しています。
 テレビ鑑賞.jpg一昔前に比べると、マスコミも暴力的な場面を含んだ番組を控えるようにはなっていると思います。ただ、人が当たり前のにように死んでいくアクション映画やアニメの放送、お笑いタレントを身体的にいじめて笑いを取るような番組が横行しています。テレビのすべてを否定するわけではありませんが、大人達は番組の内容に注意を払い、特に小さな子供達には暴力的な場面を見せないようにすべきと思います。
ゲームやビデオの子供達への影響
 1990年代からテレビ以外のメディア媒体として家庭用ゲーム機やレンタルビデオが登場するようになりました。子供達にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。米国で行われた中学校2年生、3年生六百人あまりを対象にした研究では、暴力的なゲームやビデオに接触する機会が多い子供ほど、より敵意に満ち、教師とより頻繁に口論し、肉体的な暴力沙汰に関与しやすく、学校の成績も不良であるという結果が示されました。また、映画やビデオにおける受動的な暴力シーンの体験よりも、ゲームにおける能動的な関与が行われることにより、暴力の学習という点においては、子供達への影響が深刻であるという結果が示されています。
メディア媒体がもたらす二分法的思考
 ダーティ・ハリーが犯人をバズーカ砲で吹き飛ばしたり、ランボーが腐敗した権力の手先の顔面に拳を叩き込み、首をへし折る。悪い敵を叩きのめすためなら、暴力は正当化され、賞賛すべき行為として描かれています。ところが、この悪い敵であっても、愛すべき守らなければならない家族があるはずですが、そういった背景は無視されます。悪い敵は単純にランボー.jpgやっつけられればいいという物事のとらえ方、つまり、世の中は善か悪、味方か敵しかないという二分法的な考え方を、この本の著者は問題視しています。
 寝屋川調査では、ゲームを長時間する子供では、「人は敵か味方かのどちらかだと思う」と答えた子供の割合が、ゲームをあまりしない子供での割合より、約二・五倍多かったという結果が示されています。この二分法的な考え方が、いじめという問題にも反映されています。何か自分たちと違う所がある存在を見つけて、それを「単純化された悪」とみなして排斥し、執拗に攻撃を加え続ける、しかもその行為が悪を排除する正義を行うような錯覚に陥っている行為、それが「いじめ」の本質と述べています。思い通りになる存在を「良い存在」、思い通りにならない存在を「悪い存在」とみなし、「良い存在」もひとたび思い通りにならなくなると「裏切られた」と感じ、攻撃の対象になってしまう。愛している者を殺してしまうという類の事件の増加は、まさに二分法的な思考を抱えた人が増えている結果に他ならないという著者の主張は、的を得たものと思います。
暴力的な映像がもたらす感覚低下、悲観的思考
 映画や漫画などでは、ドライで同情や愛情さえ持たず、徹底的に自己中心的で冷酷であることがむしろ魅力的なものと思われる新たなヒーローが生まれています。こうした暴力的な場面にさらされることによって、人々の心に起こる変化は感じないことであり、さらに感じないことが美徳とみなされるようになりました。虐待を受けて育った子供は、自分の苦痛に対しても他者の苦痛に対しても無頓着な傾向がみられます。そして、自らが冷酷なことを平気でするようになる。これは、暴力に対する感覚低下の結果といえます。
 暴力的な映像に過剰にさらされることのもう一つの影響は、世界や人間というものを、悲観的に、危険で、希望のないものであるとみなす傾向を植え付けてしまうことであると、著者は述べています。寝屋川調査では、ゲームを三時間以上する子供では、ゲームを一時間以下しかしない子供に比べて、「人が信じられないことがある」と答えた子の割合が二倍強でした。また、「傷つけられるとこだわり、仕返ししたくなる」と答えた子供も、同じく二倍強の割合でみられています。いくら学校で、世界や人間への肯定的な見方を学ばせても、日々垂れ流しされている暴力的な映像が、そうした努力を台無しにしています。元来、子供達は将来に対して楽観的なヴィジョンを持ち、希望にあふれているものです。最近の子供達に広まっている、人生や他者に対する悲観的で冷めた態度は、暴力的な映像にさらされ続けた結果だという著者の主張は、非常に納得のいくものです。大人たちはできる限り、子供達が暴力的な映像やゲームに接触しないように注意を払うべきでしょう。
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